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NHK宗教の時間 物語としての旧約聖書(下)―いかに生きるか (NHKシリーズ)

によって 月本 昭男

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内容紹介 人類宗教史における旧約聖書の役割と、その今日的意義に迫るユダヤ教の成立の基礎となり、キリスト教誕生の土壌となり、さらにイスラームにも浸透した「旧約聖書」。人類の宗教史に影響をおよぼしたその旧約聖書について、古代オリエント史・聖書学の碩学である著者が、苦難に満ちた古代イスラエルの民の歩みから、思想と信仰を読み解き、その歴史的な役割と、現代における意義に迫る。 著者について ■月本昭男上智大学特任教授 古代オリエント博物館館長1948 年、長野県生まれ。東京大学文学部卒業。同大大学院人文社会科学研究科中退。ドイツ・テュービンゲン大学修了(Dr. Phil.)。1981年より立教大学勤務、2014 年3 月、同大学キリスト教学科教授退任。経堂聖書会所属。著書に『詩篇の思想と信仰I-IV』(新教出版社)『古典としての旧約聖書』(聖公会出版)『古代メソポタミアの神話と儀礼』(岩波書店)『旧約聖書に見るユーモアとアイロニー』(教文館)『宗教の誕生―宗教の起源・古代の宗教』(編著、山川出版社)などがある。

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NHKラジオ講座で今月から放送されている『物語としての旧約聖書』シリーズの下巻になり、本書は10月から2019年3月までのテキストでもある。聖書に全く縁のない人でもラジオを聞きながら読み進めることによって、象徴的に書かれている事柄やその元になった歴史的な事件の意味合いを平易に理解できるだろう。ただし旧約はヘブライ語で記された39書に及ぶ一種の歴史書で筆者も複数であるため、お互いの間での齟齬や異なった解釈も少なからずある。そうした問題を簡潔に説明するのは決して容易なことではないが、著者の月本氏は要点を注意深く検証して、歴史的事実や発掘調査などによる最新のデータを精査しその精神性を引き出し、イスラエルの民族が悲願し継承してきたものの根底を探っている。この下巻では奴隷に身を窶していたイスラエルの民がモーセに率いられて、約束の地カナンへ向かう『出エジプト』から始まる。彼らの土地所有に関する興味深い指摘が本文中にある。大地は神の所有物であって、人は寄留者という観念だ。つまり生活の場である土地は神からの賜り物なので、人々の共有の財産として個人的に利用し尽くすことは許されない。それは彼らが本来遊牧民だったことに由来しているようだ。貸借関係が一切ご破算になり土地が開放される50年に一度のヨベルの年の制定も、それまでに得たもの総てを神に返すという象徴的な年だ。ちなみにカトリック教会では期間を半減させた巡礼年ユビレウムをここから採り入れている。イスラエルが王国になってからの神との契約について著者は、王を神から選ばれた存在として、その支配権を宗教的に正当化することは権力を手中に収めた者の常套手段であり、王権神授説だとしている。確かに後の時代にフランク王国のシャルル大帝が神の代理人たるローマ法王から戴冠を受けたことが、神からの権威の承認としてその後長く続くことになるし、日本においては将軍が常に天皇を後ろ盾にしていた事実も同様の理由だろう。後半のイスラエルの預言者についての、その特殊性の分析も非常に示唆的だ。聖書は世界のベストセラーに君臨し続ける書物だが、それは読者がユダヤ教やキリスト教信者の数に比例していることは否定し難いとしても、現代の私達が窮地に立たされたり困難な状況に遭遇した時の、人としての生き方の選択肢や指針が示されているためだろう。あるいは政治やビジネスのためのストラテジー的な利用方法もあるかも知れない。何故なら旧約は美談をちりばめた自画自賛の書ではなく、数千年に亘ってイスラエルが失態を繰り返してきた赤裸々な告白録でもあるからだ。著者も述べているように、バトシェバ事件に始まるダビデ王朝での出来事は、イスラエルの民族にとっては『不都合な真実』ばかりだが、サムエル記から列王記まではその『不都合な真実』を改竄することなく、むしろ詳らかに記している。旧約聖書の創世記から9書が、彼らのバビロニア捕囚期に纏められた理由について、月本氏は民族存亡の危機にあった彼らの過去に対する徹底した反省によって自分達の未来を展望せざるを得なかったからだとしている。

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